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借地の整理と土地の有効活用(後編)

相続した土地(借地権)の有効活用を描く物語を連載します。
不動産をめぐる相続のよくあるトラブルの一例として、参考になれば幸いです。

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交渉2

黒田と栗山は、一色家からの提案を説明するため、休診日に三浦の歯科医院を訪れた。

「四谷さんの借地権を私が買い取るのですか?」三浦は意外な顔をした。

「そうです。そうすると、三浦さんが、ここ、つまり100番の3と四谷さんが借りている100番の4が、三浦さんの借地ということになります」

「そんなに広い土地は不要ですし、それでは建替のための融資も受けにくいんじゃないですか」三浦としては当然の疑問である。

図を示しながら、黒田は説明を続けた。

 

「100番の3と100番の4を合わせた土地を例えば6対4に分けます。そして、6部の方の底地と、4部の方の借地権を交換するのです。1筆の土地での借地権と底地との価格割合はほぼ6対4ですので、こうすると借地権と底地権が同じ値段、つまり等価になるので、等価交換が成立します。ここでは現金が動くことなく、借地権の買取価格のほかに現金を用意することなく、今のこの土地より広い土地の単独所有権を取得できるということです。より広い土地ですし、土地を分けるときに地形を修正できますので、融資を受けやすくなるはずです」

「ほぉ~」三浦は関心したような顔をした。

「四谷さんにしても、借地を買い取ってもらえるわけですから、承知するはずです。問題は価格の交渉だけですね」

「そうですか。では、四谷さんとの交渉や等価交換についてはお願いしてよろしいでしょうか?」

「わかりました。お引き受けします」

 

三浦歯科医院を辞去した後、栗山に向かって黒田が言った。「今日は1日忙しいぞ。午後は1時半から倉田さんのところで二階堂さんの借地権の買取りについての打合せ。その後は3時半から四谷さんのところへ三浦さんが借地権を買い取ることを伝えて交渉と。まずは、その前に腹ごしらえだね。」

「当然、そうなると思って、美味しい中華料理店を調べておきましたよ。」にこにこしながら栗山が答えた。

「お、用意がいいね。資料の準備もこのくらい手際がいいと嬉しいぞ。」黒田は笑いながら言った。

昼食を摂った後、黒田らは英子と共に倉田の事務所を訪れた。倉田と二階堂は自分らの提示額にほとんどこだわることなく、黒田からの前回の提示額に若干上乗せした3200万円であっさりと話しはまとまった。契約書作成などのやり取りについては栗山が倉田と行うこととなった。倉田の事務所を辞去するとき、倉田は「ではまた後ほど」と告げた。

 

打合せ2

平日は株の取引のためにPCに張り付いているという四谷とのアポイントは、株取引の終わる午後3時以降、午後3時半で約束していた。二階堂と倉田との話しが思いの外早く終わったので、携帯電話で英子と連絡を取り、尾田税理士事務所で落ち合うこととした。

黒田と栗山は、好美の父、税理士の尾田信治と挨拶を交わし、等価交換について税務上の特例を受けられるなどといった税務上の確認を依頼した。

「わかりました。好美から聴いていますので」と信治は快諾した。

今回のプランについて3人で雑談をしていると、まもなく英子がやってきた。

「お待たせしちゃったかしら」

「いえいえ、こちらの方が早く来ましたものですから。ところで、二階堂さんの件ですが、先日の額でまとまりました」

「よかった。これで1つ片付いたことになるわね」

「まずは、そういうことになりますね。でもまだ正式な契約締結に決済も残ってます。後ほど、栗山から契約書や決済日などの連絡がいくことになります」

「よろしくお願いします。ところで、持参してもよろしいのですが、契約書案についてはメールであらかじめ送らせていただけるとありがたいのですが」と、栗山が名刺を差し出しながらいうと

「メールとかでしたなら、秀一とやり取りしていただけますか。私は、そちら方面はさっぱりですから」

「分かりました。秀一様のメールアドレスを教えていただくため、その名刺に書かれたアドレスに一度メールしていただけるよう秀一様にお伝え下さい」

「わかりました」

「ところで、3時半から、四谷さんのところへ、借地権の買い取りについて話しをしに行く予定になっています。三浦さんには、既に説明してご納得いただいているので、四谷さんに了解していただければ、今回のプランは一通りまとまることになりますので、その後は、建築プランということになります。近々、私の方で業者を紹介させていただきますので、仮測量をやらせていただきます。費用などについては、先日お伝えしたとおりです」

「はい。よろしくお願いします」

4人で雑談をしていると、スマホをちらと見て黒田が言った。

「お、四谷さんとの交渉はうまくいくかもしれませんよ。」

「ほお、何故ですか?」信治が訊いた。

「ついさっき今日の株の取引が終わったのですけど、今日の日経平均の終値が614円髙なんですよ。四谷さんは株をやっていますからね、こういう日は機嫌が良いのではないかなと」笑いながら黒田が答えた。

「なるほど。四谷さんがどんな銘柄を持っているかは分かりませんが、こういう日はたいてい自分の資産が増えているわけですからね」信治も笑いながら答えた。

「四谷さんは三浦さんと取引するわけだから、私はお呼びじゃないわね。でも、よかった。実はね、四谷さんとは、賃料の値上げを申し入れたときに揉めちゃって、できればあまり四谷さんとはこういうことのやり取りはしたくなかったの」

「そんな事情もおありだったのですか」

「そうなの。あの人、お料理の腕はなかなかのものなんだけど、ちょっとお金にはがめついというか、なんというか」

「まあまあ、人それぞれ、金銭的にもゆとりのある時とない時がありますから。」信治がとりなすように言った。

「それっていつ頃のことですか」黒田が尋ねた。

「かれこれ10年くらい前かしら」

「ああ、もしかしてリーマンショックで株が暴落した頃じゃないですかね」信治が言った。

そうこうしているうちに時計は3時20分を廻っていた。黒田と栗山は、英子と信治に挨拶をして、四谷の家へと向かった。

 

交渉3

思った通り、四谷は上機嫌だった。「いらっしゃい、いらっしゃい」と黒田達を歓迎するようだった。二人は、かつて食堂だった部屋に通された。うら寂しい外観とは異なり、中はきれいに掃除されており、食堂の主人としては、真面目に仕事をしていたことを伺わせた。

「ちょっとお待ちくださいね」と言いながら、四谷は二人にお茶を出した。すると、ピンポーンと呼び鈴が鳴った。「はいはい」と四谷は勝手口へと向かった。入ってきたのは、倉田だった。

「どうもこんにちわ」倉田が挨拶をした。

「こんにちわ」黒田は挨拶を返しつつ、(なるほど。さっきの「では、後ほど」というのはこういうことだったのか)と内心で納得した。

「いやあ、私も、料理と株のことは少々かじっていますが、不動産はさっぱりですので、借地権の値段がいくらが良いのかとか、手続きとかは分からないので、倉田さんにお願いしたんですよ」四谷が、倉田の来意を説明した。

四谷は倉田にもお茶を出すと、自分も席についた。

「倉田さんと黒田さんは、もう面識はおありですか」名刺交換などをしないことに気づいて、四谷が尋ねた。

「ええ、四谷さんもご存じかと思いますが、洋菓子店をやっていた二階堂さんも借地権を一色さんに売却することになったので、その件で既に黒田さんとはお会いしてます」倉田が答えた。

「なんだ、じゃあ、また同じ事を2人でお話しすることになるわけですか」と四谷が言うと、

「いや、実は、そうじゃないんです。四谷さんの借地権を買い取ってくれるのは、一色さんじゃなく、お隣の歯医者さん、三浦さんなのです」

「ほお、そうですか。私としては、どなたであっても借地権を処分できるのであれば、問題はありませんが」と四谷。

「やはり、そうきましたか。そして、底地と借地権の等価交換ですね」にやりとしながら、倉田が言った。

「お見通しでしたか」

「いやいや、私も永年不動産屋をやっていますから」

「ん、ん、どういうことですか」何やら納得しあっている黒田と倉田を前に、四谷はきょとんとしていた。

「どうぞ、せっかくですから四谷さんにも説明してあげて下さい」倉田に促され、黒田は、三浦に説明したときに示したのと同じ書類を出し、再び借地権と底地権の等価変換の説明をした。

「なるほど、うまいことを考えますね。でも、私は、どなたであれ借地権を適切な値段で買い取っていただけるなら問題ありません。借地権を売ったお金で、日野にある長男の家を増築して、一緒に住むことになりますので」四谷は、やはり機嫌が良く、少し饒舌になっているようだった。

「こちらの提示額はこれでいかがでしょうか」

「あ、いいですよ」あっさりと四谷は返事をした。

倉田のこめかみの筋肉がピクと動いた。

「先日、倉田さんに相談した時の値段とほぼ同じくらいですから。ねえ、倉田さん」

「そうですねぇ。で、承諾料はどうなるでしょうか」と倉田は冷静な表情で尋ねた。

「ん?承諾料とは?」

黒田は、借地権を売る際には賃貸人の承諾が必要で、その際に借地人が賃貸人に承諾料を払うということを説明した。すると四谷は、「ということは、地主の一色さんに買ってもらうのと三浦さんに買ってもらうのでは、そこが違うということですね」

「そうです」

「そこは、何とかしていただけませんか」倉田が言った。

「そうですね。もともと四谷様は一色様に買い取っていただくことを念頭に置いておられたのですから、一色様とも相談しましたが、承諾料は不要ということでいかがでしょうか」

即答してしまう四谷に倉田が多少いらついているのが、黒田に察せられた。彼にしてみれば、俺がここに来た意味がないじゃないか、ということになるだろう。だからこそ、倉田の持ち出した承諾料については不要ということにして、彼の顔を立てることとしたのである。

「ああ、だったら問題ないです。ねえ、倉田さん」

「そうですね。承諾料なし、というのであれば」倉田はしぶしぶといった様子で同意した。

「では、借地権の売却については倉田さんと私たちで、その後の等価変換については私どもということで契約書の作成などの手続きはお任せいただけますか」

「もちろん、もちろん。お願いします。となると、私はもう、引っ越しの用意をしなくちゃですね」

二階堂の借地権買取りと同様、栗山が契約書の作成等を担当することとして、二人は四谷宅を辞去した。

商店街を歩きながら、栗山が言った。

「四谷さん、思った通り機嫌が良かったですねぇ」

「良すぎじゃないか。今日の株価高騰でかなり儲かったんだろうな。たぶん、こちらが示した額より、倉田さんと打合せの際の金額は高かったとは思うのだけど、その差額くらいどうってことないくらい儲かったのだろう。まあ、スムーズに話しが運んで良かったよ」

「そうですね」

結局、黒田と栗山も上機嫌だった。

 

もう1つの建築プラン

四谷との交渉がまとまった数日後の夕方、黒田が一色家を訪問した。秀一も早めに帰宅し、黒田を待っていた。

客間に通された黒田が、一色親子を前に切り出した。

「実は、先日来お話ししているプラン以外に、もう1つ、プランをお持ちしました」黒田が切り出した。

「すいません。その前に私から」と、秀一が黒田を制して、英子の方へ身体を向けて言った。

「相続税の節約ということで、二階堂さんに貸していた土地と等価交換した土地に、今この家が建っている土地を合わせて大きなビルを建てるプランを黒田さん達に作ってもらったけど、正直言って、お母さんが亡くなることを前提にしたプランというのには少々抵抗があるんだ、僕は。それに、400㎡にもなる土地に大金をかけてビルを建てるというのにも、正直気が進まないところがあるんだ。僕としては、この家は建て替えずに二階堂さんに貸していた土地と等価交換した土地に新しい建物を建てるだけでもいいんじゃないかと思って、そういうプランを黒田さんにお願いしたんだ」

「貴方、そんなことを考えていたの?貴方ね…」英子は何かを言いかけたが、そこで一旦言葉を切り、少し間を置いて、続けた。

「それで、秀一の要望で、今日は、黒田さんがこの家は建て替えないで、二階堂さんのところに新たな建物を建てるプランを持って来て下さったということね」

「はい」

「じゃあ、まずは、そのプランをお聴きしたいわ」

「分かりました」と、黒田は説明を始めた。黒田のプランは、こういったものだった。二階堂の借地だった100番の2と等価交換した土地で合わせて約240㎡となる。そこに平屋のコンビニエンスストアを建てようというものである。それも、建設協力金制度を利用するというものである。無論、土地は英子所有。英子はコンビニチェーン本社から建設費用としての2400万円を借りて店舗を建てる。それを、毎月コンビニの収益から返済していくというプランだ。

商店街の中、それも近くにコンビニがないこの立地であれば、少なくとも月に1600万円の売上は堅いと予想される。そのうち、諸経費や本部へのロイヤリティー等を引いて140万円ほどが収益となり、そこから毎月20万円ずつ建設協力金を返済していくというプランである。

「つまり、借金額が建替に比べると10分の1程度ということですね」

「そういうことになります」

「こういうプランは銀行からは出てこないよ。こういうプランも出てくることが、黒田さんに頼んだメリットだね」秀一が言った。

「ありがとうございます。ただ、このプランですと、相続税の節約という観点の効果は少なくなります」黒田が言い添えた。

「そこで、僕は、こう考えるんだ。この建設協力金の返済が終わった後に自宅を建て替える。今の女性の平均年齢はたしか86才だったと思うけど、お母さんは、きっと平均寿命以上に長生きするよ。だから、本格的な相続税を見越したプラン、つまりこの家の建替えは10年後、ということなんだ」秀一は自分の考えを少し誇らしそうに語っているようだった。

しかし、英子の表情は固かった。

「貴方、親が先に死ぬのは当たり前よ。そういう現実は受け入れなさい。はっきり言って、こういうことは、もっと将来を見据えてしっかりと考えなくちゃだめ。私もできるだけ長生きしたいと思うし、私の長生きを思う貴方の気持ちはありがたく受けとるわ。でもね、人の運命なんて分からないの。病気になることもあるだろうし、身体が衰えれば、事故に遭うことだってないとはいえないわ」

「そんな」母の強い口調にたじろぐ秀一に構わず、英子は続けた。

「今、こうやって二階堂さんや三浦さんたちからの申し出があって、こういう話しが進んでいるのは良い機会なの。きちんとした相続税対策も必要なときなの。この新しいプラン、慎重に事を運ぶように考えられているのは分かる。貴方の性格をよく表している。でもね、これは私があと10年以上長生きすることを前提よね。そうあって欲しいという貴方の気持ちは嬉しいけれど、現実は、どうなるか分からないの。だから、やるべき時にやるべき事をやっておかないと後悔することになる。お父さんが亡くなったときに、あまりに多くの相続税を払わざるを得なくなったとき、私はお父さんに申し訳ない気持ちになったわ。もちろん、それは私が悪いわけじゃない。でも、お父さんの遺したものをきちんと受け継ぐことができなかったというのは確かよ。私は、お父さんから受け継いだものをちゃんと貴方に受け継がせたいの。私は、このプランには反対よ」

英子がキッパリと言い切った。

「分かったよ。母さん。よく分かった」そういうと、秀一は、黒田の方を向いて言った。

「黒田さん、せっかく別のプランを作ってもらったのに、すいません」

「いえ、構いません。こういうことは、こうやって複数のプランを比較して、皆で納得した上でやっていくのが一番です。実をいうとこのプラン、最初のプランと一緒に考えていたものなのです。ちゃんとコンビニ本部の担当者と打ち合わせたのは、秀一さんからの話しがあった後のことですが」

「黒田さんはプロですからね」

「いやあ」英子の少し冷やかすような言い方に、黒田は頭を掻いた。

 

銀行融資

2件の借地権買取りが合意に至り、建築プランについても固まったところで、黒田は、一色親子と共に、建築資金の融資について銀行との交渉にはいった。銀行の担当者は、当初から関わっていた浅井が担当することとなった。結果的に一色親子の方も、三浦医院の方も当初よりも土地の担保価値も十分なものとなったので、浅井としてはホクホク顔であった。しかし、融資条件の交渉の際、秀一が浅井に向かって言った。

「浅井さん、貴方、初めてうちに来たときに、母から聞いた二階堂さんの話しを四谷さんに話しましたよね」

「え」以前に英子からも苦情を言われた件だ。

「あの後、二階堂さんと四谷さんから借地家の買取りを、三浦さんからは底地の買取りをと立て続けに言われて、突然のことで母は随分思い悩んでいました。あなたが余計なことを話したからですよ。年寄りは気苦労から寿命を縮めることもありますから。こっちの話しをあっちに話すなんてことは、あまり感心できることじゃないような気がしますが」

いつになく饒舌な秀一を、英子は物珍しそうに見ていた。

「いえ、その…」言っていることは事実であるだけに、何と答えようか、浅井はおろおろするばかりであった。

側で聴いていた黒田と栗山、そして英子は、笑いをこらえるのに必死だった。

「まあ、でも、こうして結果的に全員が納得する形に話しが納まろうとしているので良いですが、ここは1つ、こちらの融資条件でお願いできませんか」と秀一。

「あ、はい。できるだけ配慮させていただきます」浅井としてはそう答えざるを得なかった。

その後、何度かの交渉の結果、総額2億2000万円の融資で、返済期間35年、金利は10年固定の0.7%と、ほぼ一色家の希望どおりの条件で融資がでることとなった。

後から聴いたところによれば、浅井は三浦への融資も上手く運ぶことができ、一色家と三浦歯科医への融資を合わせるとその支店では久しぶりの大きな融資案件となり、浅井の評価も上々だったとのことで、かなり無理な融資条件もとおりやすかったとのことである。

「これで、私も安心してあと20年は長生きできるわね」と英子は笑って言った。

 

合意

こうした交渉と並行して、三浦と一色親子との間で等価交換の交換比率の交渉が行われた。比率は、当初の見立て通り6:4で合意でき、境界線も決め、測量費用は折半などと細かい条件も詰められていった。しかし、問題はその後に起こった。

一色家の方は、黒田から紹介された建築業者によって、他方、三浦歯科医の方は銀行から紹介された別の建築業者によって、それぞれ建築プランの具体化が進んでいたところ、一色家側の設計の都合上、想定よりも間口を広くとる必要性が生じてしまったのだ。黒田は、境界線について三浦歯科医側に再交渉を申し入れた。各々に各々の建築プランを詰めている最中だっただけに、交渉は難航した。三浦と一色の両者で、建築プランを睨みつつ、それぞれ納得できるラインを探っていった。結果として、当初案よりも約0.5メートルほど一色側の土地の間口を広く取ることで、ようやく話しはまとまった。

この間、二階堂・一色間の借地権の買取りについては正式に契約締結の運びとなり、決済が終了した。

これで借地権取引と等価交換の枠組みは全て調い、四谷・三浦間の借地権売買と、三浦・一色間の等価交換契約は同時に行われ、必要書類が司法書士に渡され、登記手続きが申請された。そして、それぞれの所有権移転登記が完了すると同時に、それぞれの土地に抵当権が設定され、一色と三浦に対して融資が実行された。

 

新築される一色ビルの1階に入るテナントには、黒田が紹介したコンビニエンスストアとコーヒーショップのチェーン店が入ることとなった。数回の条件提示を経て、黒田らが契約内容の確認や変更依頼を行いつつ、立会いの上、仮契約まで漕ぎ着けた。

こうした作業を続けると共に、一色親子は、自宅の建て替えの間に住む賃貸マンションを、三浦は三浦で、仮診療所の物件を探し始めた。二階堂は、借地権の売買の決済が終わるとまもなく引っ越していった。四谷も既に長男の家へ引っ越しており、次男が片付けのために残っているだけだった。

 

エピローグ

「あ、おはようございます。黒田先生、明日、一色さんところのコンビニがオープンするそうですよ。本部の担当者からメールが来てます」

ある金曜日の朝、黒田が事務所に出勤するなり、栗山が声をかけた。

「そうか、明日か」黒田は自分の席に座ると同時に、PCの電源を入れた。

「ん、こっちには秀一さんから近況報告のメールが来てるよ。明日は土曜日なので、お母さんと新居に来て、引っ越しの準備をするようだ」

「へえ、もう引っ越しできる状態になったんですね」

「そうだな。そういえば、いつだったか、栗山君が紹介してくれた篠塚商店街の中華料理店はなかなか美味しかったから、また行ってみたいような気がするな。明日、行ってみようか、栗山君?」

「はい。ご一緒します」

「休日出勤にならんが、昼飯は奢ってやるよ」黒田は笑いながら言った。

 

翌日、良く晴れた土曜日だった。腹ごしらえを済ませた黒田と栗山は、美味いもの談義に花を咲かせながら、新しい一色ビルに向かい篠塚商店街を歩いていた。

尾田税理士事務所の前を通りかかると、ちょうど好美が出てきたところだった。

「あら、黒田先生に栗山さん。お久しぶり」好美がにこやかに挨拶をしてきた。

「お久しぶりです、尾田さん」

「今日、秀一さんのところのコンビニ、今日オープンなんです。あ、それで先生方も」

「ご明察」

「私、オープンセールで半額のお弁当を買って来ようかと思って」

そんな会話をしているうちに、3人は一色ビルの前に着いた。

コンビニは、オープニングセールということもあって、かなり混み合っていた。数日前にオープンしたコーヒーショップも賑わっているようだ。すると、コンビニから、秀一が袋を下げて出てきた。

「あ、好美さん。あれ、黒田先生も。よくいらっしゃいました」

黒田達が挨拶を返すのに軽く会釈を返しながら、秀一はスマホを手に取った。

「あ、母さん、黒田先生達が来たよ。今、すぐ前にいるよ」

「母さん、すぐ出てくるそうです」

「わざわざ呼ばなくても、こちらからごあいさつに伺いますよ」黒田が言うと

「いいんです、いいんです。母さん、新しい家に着いたエレベーターに乗りたくて仕方ないんですよ。こんな贅沢…とか言いながら、今日もここに着いてから無駄に出たり入ったりしてるんですよ」

「そうですか」ありそうなことだと、3人はクスクスと笑った。

すると、ぱたぱたと英子がビルから出てきた。

「こんにちわ。お久しぶりです。黒田先生、栗山さん。あら、好美さんも」嬉しそうに英子が挨拶をした。

5人で立ち話をしていると、英子は黒田の耳に小声で囁いた。

「実はね、あの2人…」英子はすぐ後ろをチラリと見た。

秀一と好美が楽しそうに話していた。

「仮住まいのマンションに引っ越してから、秀一ったら、休日は出かけたきり夜遅くまで帰らないことが多くなったのよ。好美さんとデートをしているんじゃないかと睨んでるのだけど…」英子の顔は笑っていた。

「いいんじゃないですか」黒田も、客が賑わうコンビニとコーヒーショップに目を向けながら、答えた。

「一色さんが旦那様から受け継いだ。それを受け継ぐ人に、またそれを受け継ぐ人ができるかもしれませんよ」

「これで、ここも少し賑やかになるかしら」英子がふと呟いた。

「幸い、コンビニはお酒も扱えるようになりましたし、かなりのお客さんを集めると思いますよ」黒田が言う。

「とても便利ですよ。ここにコンビニとコーヒーショップがあると。私なんか毎日のように来るかも」後ろの方から好美が答えた。

「良かった。夫の思い、少しはかなえられたかしら・・」

英子の瞳には涙が溜まり、今にもこぼれそうだった。

「母さん、よかったね」秀一はそっと寄り添い、優しく母の肩に手を置いた。

見つめる好美の瞳も心なしか潤んでるようだった。

借地の整理と土地の有効活用~終~

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