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相続税の不安(後編)

地主と不動産鑑定士の物語を連載します。
不動産をめぐる相続のよくあるトラブルの一例として、参考になれば幸いです。

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あなたにお願いします。

翌日、風間はY市まで足を運んだ。今回、雄一と会うのは、Y市にある彼の実家である。平日であるから、弁護士事務所の仕事を休んでいるのだろう。

最寄り駅からタクシーで向かったが、目的地を告げると、運転手は「ああ、石島さんのお屋敷ですか」と言った。

途次「あ、ここは石島さんとこのマンションです」などと教えてくれた。

石島家は、まさにお屋敷と呼ぶに相応しいものだった。江戸時代の大名の江戸屋敷なんて、こんな感じだったのではないだろうか、そんな事を考えながら、門をくぐり、玄関まで続く敷石の上を歩いて行った。右側にある池には、どうやら鯉が泳いでいるようだ。3000㎡近くあるということは知っていたが、こうして改めて見ると大地主の財力というものを肌で感じた。

玄関から2人の男が出てきた。スーツ姿で、風間とほぼ同年代、40才前後であろうか。玄関口で見送っているのは雄一だった。出てきた男達は、神妙な顔つきで風間に軽く会釈しながら、風間の横を通りすぎようとした。「あ、失礼」といいながら、風間は道を譲った。

その声に気づいたのか、雄一が閉じかけた玄関から顔を覗かせた。風間は、振り向いて門に向かう男たちを見つめていた。

「風間先生、時間どおりですねぇ」雄一が声をかけた。

「あ、石島さん、こんにちわ」風間は慌てて挨拶した。

「どうぞ、こちらへ」広い玄関から通された応接間は、10畳ほどはあろうか。壁に小さな絵がかかっており、観葉植物が置かれていた。資産家の応接間にしては、意外にこざっぱりした印象を受けた。

風間は、雄一にすすめられてソファに座った。

「いただいたメール、見ましたよ。かなり節税できそうですね」テーブルを挟んで腰を下ろすと、雄一が言った。

「ええ、でも、中途半端なもので申し訳ありません。やはり、もう少し詳細な評価をしないと正確なことは、ちょっと」

「いえいえ、十分です。個々の不動産の評価までは、さすがに30万円ではできませんよねぇ」雄一は、苦笑しながら言った。

「ご理解いただけるとありがたいです。ところで、先ほどの方々は?」風間は、気になっていた事を訊ねた。

「ああ、ユニバーサル税理士事務所の方ですよ。少し落ち込んでいたでしょ?」

にやりとしながら、雄一が答えた。

「たしかににこやかという雰囲気ではありませんでしたね」

風間は、昨日のうちに税額の要旨を雄一にメールで送っておいたのが功を奏したかと、内心ではちょっと勝ち誇りたい気持ちであったが、それを抑えた。

「風間先生に昨夜に送って頂いた内容を告げると、いろいろと言っていましたが、だったら、何故今までそれをやらなかったのか、と訊くと、口ごもってましたよ」

「広大地と一体評価の件ですか」

「そうです。広大地の評価は難しいので、とりあえずは現状で申告して、後から精査した上で更正の申告をするのが安全だ、なんて言ってました。でも、修正申告の時にまた、報酬を請求するわけでしょ?報酬を二重取りされているような気になってしまうよ、と言ってやりました」雄一は嬉しそうだった。

「まあ、広大地の判断には微妙なところがありますから。後から修正申告を求められる危険もあり得ますので、慎重になる税理士も決して珍しくありません」

「ということは、風間先生は、修正申告を求められるおそれは少ないとお考えで?」

「ええ。友人の不動産鑑定士にも意見を求めましたが、彼の意見では7~8割は大丈夫だと。もともと慎重な男だから、彼が7~8割という時は、十中八九大丈夫でしょう。土地評価の専門家である彼の意見書も添付して申告しますし」

「ユニバーサルは、5分5分なんて言ってましたよ。私に言わせれば、5分5分なら、その辺りを私に予め報告して欲しかったんですよね。私も、弁護士業務の中で訴訟経過などはできるだけ依頼者に報告するようにしてますよ。企業の法務担当者には、私らよりもその分野に精通している者もいますからね。ちゃんと報告しておかないと訴訟戦術を誤ることもありますから」

「アカウンタビリティー、説明責任というヤツですね」風間は、そう言いながら、カバンから書類を取り出して、それを雄一の方へ差し出した。

「これが、本来の報告書です。現時点での概算にすぎません。先ほども言いましたが、個々の物件については、不動産鑑定士の評価が必要となるものもあります。その経費も予算額を入れてありますが、それを織り込んでも、十分な成果が挙がるだろうと思います」

「分かりました。私の方でもしっかりと検討させていただきます。で、話しの流れで、既にご察しいただいているとは思いますが、この件の税務申告は、風間先生にお願いすることにします。よろしくお願いします」

「ありがとうございます」風間は、深々と頭を下げた。

「ちなみにユニバーサルの方は、納税額として5億6000万円という査定でした。風間先生が固定資産税の還付も含めれば差し引きで4億7000万円。さらに減額の余地もあると。ユニバーサルの先生方にも引導を渡しやすかったですよ。でも、母はまだ彼らに相談するでしょうけどね。ところで…」と、そこで、雄一は言葉を切って、書類から顔を上げて、風間の方を見てニヤッとした。

 

父の思い出

「こちらですか?」そう言いながら、風間は、雄一から渡された資料に混じっていた資産管理会社の保有物件に関する書類を出した。予め他の書類から分けて束ねておいたものだ。

「ええ、そのことです。どう思いました?」雄一は乗り出すようにして訊ねた。

「正直申しあげて、酷いものですね。ここ10年ほどの間に建てたものは特に…」

風間は、各物件の収支計算書や仕様書を指し示しながら、各物件が赤字である理由などを説明していき、「要は、戸建て住宅を建てたり、3階建て程度のマンションでほどほどの賃料であれば、十分に収支が合うような場所に、無闇に高層マンションを建てたのはどうかと思いますね」と話しを締めくくった。

「やはり、結論はそこに行き着きますか」雄一は、少し肩を落とした。

「施工会社は、大久保さんの会社です」

「そうです。前にお話ししたように技術畑を歩んできた父は、不動産にあまり関心をもっていませんでしたし、それに高齢ということもあったのでしょう。晩年は、不動産について母にまかせきりだったようです。そして、母は大久保さんにまかせきり。私も、事務所のパートナーとなってから、大きな案件をいくつも抱えることが多くなりまして、実家のことを考える余裕がありませんでした。たまに新しく建てたマンションを見せられた時も、少し大きすぎるのではないか、という印象を持ったこともありましたが、大久保さんの自信満々な言葉や、嬉しそうな母の顔を見ると、なんとなく安心してしまっていました。それに、父は、母が喜んでいるだけで満足しているようでしたので」

「お父様は、お母様に対してとても優しい方だったようですね」

「ええ。晩年は、年に1度は必ず母と2人で海外旅行に行ってました。ヨーロッパが多かったですねぇ。父は、飛行機が好きだったんですよ。小さい頃に見たゼロ戦が大好きだったと言ってました。そのせいか、ヨーロッパに行くとよく飛行機の博物館を巡っていたようです。メーサーシュミットやスピットファイアなんていう大戦中の戦闘機の写真を見せてくれたものでした。これはエンジンを代えた何々型で、こちらがより重武装の何とか型なんだと、まるで子供のような眼をして話してました。でも、母を飛行機博物館一緒に連れて行くと、つまらなそうにしているから、その夜はいつも豪勢な食事にしてご機嫌を取らねばならなかったと、嬉しそうに話してました」

懐かしそうに話す雄一の話を聴きながら、風間は、仙台にいる父の顔を思い浮かべていた。

 

転んでも只では起きない

「おっと、すいません。つまらない話しを。」

「いえいえ。」

「それにしても風間先生、不動産にお詳しいですね。これらの物件について、その欠点を適格に説明してらっしゃったじゃないですか」

「いやあ、実を申しますと、私はまだ税理士として独立して日が浅く、友人の不動産鑑定士からいろいろと仕事を回してもらっていましてね。いきおい不動産関連の仕事が多くなりまして、門前の小僧じゃないですけど、いろいろと勉強させてもらいました」

「それ、黒田さんでしょ?」

「ご存じなんですか?」

「ええ。うちの事務所は、お話ししたとおり知財関係の事務所なのですが、顧問先から不動産絡みの相談を受けることもたまにあるのです。そういう時は、そちらの仕事に強い弁護士や司法書士を紹介することにしているのですが、そうした仕事仲間を通じて黒田さんと知り合ったんですよ。そして、たまたま父が亡くなった直後に黒田さんに会う機会があったもので、彼に不動産に詳しい税理士を紹介してくれとお願いしたら、貴方を紹介してくれたのです」

「そうだったんですか。でも、どうしてそれを始めに訊ねた時に教えてくれなかったんですか」

「彼が言うには、風間先生が必要以上に恐縮するといけないから、と口止めされたんです」

「はあ」風間は気のない返事をした。

「でも、おそらくは自分のための営業活動でしょうね」

「なるほど」風間は合点がいった。「不動産が絡む相続税の申告となれば、私は黒田さんに不動産の鑑定を依頼する、というわけですね」

「そうでしょうね。風間先生を推薦することは、自分の仕事に繋がるというわけでしょう。まさに情けは人の為ならず、といったところです」雄一は笑いながら続けた。

「黒田さん、風間君は、頭は切れるのに、営業が下手でねぇ、なんて言ってましたよ。…おっと失礼」つい調子に乗って口を滑らせてしまったことに、雄一は頭を掻いた。

「営業が下手…たしかに…」風間は苦笑いした。

「それにしても、大久保のことは、どうしたらいいでしょうねぇ。結局、うちの資産管理会社の取締役に名を連ねていながら、自分の務める建設会社の利益を優先したのは間違いないですね」雄一は、打って変わって神妙な顔つきで言った。

「彼は、建物の発注者である資産管理会社の取締役でしたね。ということは、利益相反取引とかになりますか。」

「いやあ、今でこそ建設会社の取締役ですが、受注契約の時はあくまでも従業員というか一営業マンにすぎませんし、資産管理会社の方でも代表取締役はあくまでも父でしたから、会社法上の利益相反取引とまではいえないかと。まあ、取締役としての任務懈怠ということで損害賠償請求はできるかもしれませんがね」

「そこまでやりますか?お母様のお気に入りだったとお聴きしてますが」

「たしかに。そんなことをしたら母がどんな顔をするか。父を亡くして一番悲しんでいるのは母ですから。いきなりそういう刺激的なことをするのは、母に対して気が引けます」そこまでいうと、雄一は、少し考え込んでから続けた。

「まずはマンションのリーシングをしっかりやってもらいましょう。そして、修繕や新築の時には、貴方や黒田さんの意見をよく聞いて、建築費や修繕費はしっかりと値引きさせて、今までの損はしっかりと取り戻すつもりです。大久保も向こうで取締役になったのですから、そのくらいのことはできるでしょう」と雄一は笑った。

「転んでも只では起きないってヤツですね。」

「何でも訴訟沙汰にすれば良いというものではありませんしね。で、そういうわけですから、先ほど私にして下さった資産管理会社の保有物件に関する説明を、報告書という形にまとめていただけるとありがたいです。無論、報酬はお支払いします。」

「解りました。メールでよろしければ、明日にでも。」

「お願いします」

「ところで、今回の相続税についても、実は大久保さん対策という一面があったんじゃないですか。彼の紹介した税理士事務所だから手を抜いてる可能性があると」

「仰るとおりです。お話ししたとおり、私はこれまで実家のことにはほとんど関与してませんでしたので、有り体に言ってしまえば、うちは舐められていたんでしょうね。風間先生が教えてくれた一体評価の話しなんて、税理士ならば、真剣にやっていれば今までの固都税の支払時に気が付いてもよさそうなものですよ。それを10年以上も見過ごしていたなんて、高い顧問料を支払っていたのが馬鹿馬鹿しくなります。まだ、母は彼らに相談すると思いますが、風間先生が私の分の相続税の申告について手際よく処理して下されば、いずれは母の方もお願いしたいと思います」

「分かりました。では、今回の相続税については、不動産鑑定については黒田さんに依頼するということでよろしいですか」

「そうして下さい。そうすれば、両方から話しが聴けて、微妙なニュアンスも解りますからね」

「さすが抜け目がない。」風間は、雄一の頭の良さが小気味良かった。

 

エピローグ

後日、雄一から風間に連絡があった。

風間が送った報告書を見せると、大久保は、どこかで弁護士にでも相談したようで、数日後に資産管理会社の取締役の辞任を申し出たという。おそらくは取締役としての責任を問われるおそれがあると教えられたんじゃないかと。そして、こんなやり取りがあったそうだ。

「大久保さん、取締役を辞めれば済むという訳ではないと思うのですが」と雄一が言うと、「うちの取締役にもなりましたし、石島さんのところの取締役として、十分な仕事を出来ませんから」大久保は冷や汗をかきながら答えたという。

「今までのことは、既に結果として出ています。はっきり申しあげて会社に損害が生じています。しかし、貴方は、それを埋めるだけの力があるでしょう。今では、たくさんの部下もお持ちですし、不動産管理会社にも顔が利くようになったでしょう。今のように出世されたのは、私の父や母のお陰という面もあるんじゃありませんか。もしそう思ってらっしゃるなら、今の貴方の力で、これまでの父や母に対する恩は返していただきたいと思いますが」と雄一がいうと、大久保は「考えてみます」と言い、その場は引き下がったと。

数日後には、大久保は不動産会社の者を連れてきて、彼らにマンションのリーシングをしっかりやらせると告げ、さらに、いくつかの物件についての修繕についての見積書を持って来たという。その内容は以前のものと比べるとずいぶん低額になっていたらしい。

雄一が言うには、「大久保も決して無能な男ではないですからね」とのことだった。

結局、雄一としては、大久保の首根っこを押さえることができ、今後も不動産の管理にさほど意を払うこともなく、自分の仕事に集中することができるようになったことになる。風間を紹介してくれた黒田は、自ら売り込むこともなく、風間に貸しをつくりつつ、しっかりと仕事を得ることができた。風間にしてみれば、2人の手の内で踊ったような気がしないでもない。しかし、石島雄一という顧客を得ることができたのであるから、風間としてはありがたい限りである。

ウィンウィンどころか、ウィンの3乗だな。そんなことを思いながら、風間は、夕陽の差し込んだ紅く染まった事務所で、黒田の作成した不動産鑑定書を見ながら、せっせと石島雄一のために申告書を作成していた。

 

相続税の不安~終~

 

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