実例紹介・お客様の声
当社に寄せられた数多くのお客様の声の中からいくつか厳選して実例としてご紹介いたします。
Vol.20悩ましの弁護士【短縮版】
仕事の遅い弁護士
「紀野先生は、1ヶ月以上経っても先方の角田弁護士にこちらからの提案を伝えていなかったのです!」電話の向こうの声は、怒気を含んでいた。
不動産鑑定士・黒田の元に電話をしてきたのは、父親が姉弟3人で共有する3筆の土地を整理しようとしている岡本和男だった。
岡本の父は、都内港区にある合計600㎡前後の土地3筆を姉弟3人で共有していた。うち1筆には姉弟3人共有のマンションが建っており、他の2筆は底地(賃貸した土地)であった。これらは岡本の父が管理し、土地やマンションからの収入は岡本の父が姉や弟に分配していた。しかし、岡本の父も高齢のため体調を崩し、今では息子の和男が代わって管理を行っていた。共有者は皆、90才前後となっていた。そうしたところ、父の姉と弟、岡本からみれば伯母と叔父であるが、彼らから共有関係の解消と共有地の売却の提案があった。岡本の父は、共有関係の解消に異存はなかったのだが、先祖伝来の土地であるため、一部は手元に残し、岡本に相続させたがっていた。
そこで、岡本は、価格の鑑定依頼と共に、共有を解消し、その一部を手元に残す方策について黒田に相談していた。黒田は、マンションの建つ土地は売却、残る2筆の土地のうち1筆を共有者同士で持分を交換する等価交換によって、岡本の父の手元に残すプランを作成して、これを岡本に伝えていた。
今回の共有地解消に関し、岡本の父には紀野という弁護士、伯母と叔父には角田という弁護士がそれぞれ代理人として付いていた。黒田が作成したプランは、この紀野弁護士から、伯母たちの代理人である角田弁護士へ伝えられる手筈になっていた。しかし、それは1ヶ月以上前のこと。そして今日、黒田の元に岡本からメールで、紀野が角田弁護士宛に送るつもりだというFAXの文案が送られてきたのだ。
結局、岡本は、その余りの仕事の遅さに我慢がならず、紀野弁護士を解任した。その代わりに、黒田に今回の共有地に関する案件について自らの代理人になってくれるよう依頼した。黒田は、特に紛争が生じている案件でもないことから、これに応じた。
弁護士との面談
数日後、再び岡本から黒田の元へメールが届いた。角田弁護士からの等価交換の提案に対する回答を知らせてきたのだ。等価交換に応じない。3筆の一括売却なら応じる。もし、一部の土地を単独所有にしたいという希望があるのなら、こちらの持分をそれなりの金額で買い取っていただくしかない、とのことだった。
黒田は、新たなプランを作成し、岡本と共に角田弁護士と面談することにした。
新たなプランは、大通りに面して比較的価格の高い1番地については、等価交換ではなくマンションの建つ2番地と共に売却して、その代金で奥まったところにある3番地の伯母たちの持分を岡本が買い取るというものだ。
虎ノ門にある角田の事務所で、黒田と岡本は、角田と会った。
角田弁護士は、しぶしぶながらというところではあるが、黒田らが示した新たなプランを了承した。そして、買い手の候補があると言ってきた。『ランド・インターナショナル』という不動産会社で、横浜で創業し、主に神奈川県内の物件を扱っていたが、大手の出資を得て、東京へも進出しようとしているという。そして、3筆全部で5億円以上、5億5000万円くらいまでなら出せる用意があると。
「私の方ではランド・インターナショナルさんに、そちらの意向で2筆の売却になった旨を伝えさせていただきます」と角田。
「わかりました。では、私どもの方でも買い手を探すこととします」
その日の角田との面談は、それで終わった。
翌日、角田から黒田に電話がきた。ランド・インターナショナルは2筆なら4億で、との回答だという。黒田が、契約締結や決済のスケジュールについて訊ねると、即金での支払いが可能で、近日中に契約は可能なのではないかとのことであった。
契約したのはいいけれど
角田との面談から約1ヶ月、結局、角田から紹介された買い手と契約を締結した。しかし、契約の直接の相手方は、紹介されたランド・インターナショナルではなく、菊地不動産という不動産会社だった。角田にランド・インターナショナルを紹介したのは菊地不動産であり、どうしてもここを通して契約して欲しいと。つまり、今回の売買契約は、いわゆる第三者のための売買契約であり、岡本とその伯母たち共有者が売主、菊地不動産が買主となり、決済と同時にランド・インターナショナルへ所有権移転の登記をするという形の契約であった。
菊地不動産は、町田市の雑居ビルの3階に事務所を構えるアルバイトを含め4人ほどの不動産会社であった。角田に菊地不動産と直接交渉したいと申し入れても、のらりくらりとはぐらかされたので、黒田は自ら町田市まで足を運んで、菊地不動産の様子を直接その目で確かめた。
黒田としては、この契約には慎重にならざるを得ず、岡本にはそう助言したのだが、岡本は父親が賛成したこともあって、結局、この形で契約が締結された。
しかし、である。決済日になっても、代金は支払われなかった。
「黒田先生、どうしましょう」決済日から1週間後、岡本から電話がきた。決済日の当日、決済を1週間待って欲しいとの連絡が菊地不動産からあったので1週間待った後のことである。岡本から菊地不動産に連絡しても、相手は曖昧な物言いに終始して埒が明かないのだという。
「黒田先生の方から角田弁護士たちに連絡を取っていただけませんか。父が危篤状態で、今、病院に来ているのです。お願いします」その声から憔悴しきっている岡本の様子が目に浮かぶようだった。数日前、岡本の父の容態が急に悪化したのだという。
「分かりました。できるだけ情報を集めます」
売主側は、履行の準備を調え、その旨を買主側に伝えてあった。にもかかわらず期日に代金が支払われないということは、買主の債務不履行として解除されるべきものとなる。売主全員の連名で解除通知をしなければならない。しかし、角田弁護士には連絡が取れなかった。彼も、情報収集に動いてるのだろう。仕方なく黒田は、解除通知をしようと角田にメールで送った。
夕刻、角田から電話があった。菊地不動産からは2~3日待ってほしいと。黒田は、日限を切って欲しい旨を先方に伝えるように角田に言った。黒田は直接、菊地不動産にも電話を入れたが、角田と同じことを言うだけだった。
黒田は、病院にいる岡本へショートメールで、角田や菊地不動産とのやり取りを簡潔に知らせた。深夜、岡本から、2~3日であれば待ちたいとショートメールで回答してきた。高齢の父親が危篤状態である上、今回の売買が決済できないというトラブル。黒田は、岡本への同情を禁じ得なかった。
解除しない?
翌日、黒田へ仲介会社から電話があった。かつて紹介した買い手の1件が、もし今回の売買が解除になるようであれば、4億1000万円で買いたいとの意向を示しているという。ただ、数日中に返答が欲しいとのことであった。
夕方になって岡本からショートメールが入った。未明に父親が息を引き取ったという。翌日の午後、岡本から黒田の事務所に電話があった。問題の土地の持分は遺言によって岡本の相続分として指定されていたという。通夜の席で伯母たちに売買契約が債務不履行になっている旨を告げて解除しようと言うと、弁護士さんに頼んでいるので、そのことは弁護士と相談してくれとのことだったそうだ。
「私だけが解除するということはできないのですか?」と岡本が訊いてきた。
「できないのです。契約の解除は共有者全員でする必要があります」
「だとしたら、角田弁護士と話すしかありませんね」
「そうです。ところで相続税についてですが、もしこの売買契約を解除しない場合、土地の評価額は4億円の2分の1、岡本さんの持分に応じて2億円ということになりますが、解除すれば、土地の評価額は相続税路線価となりますので、評価額は約1億円程度となって、それだけで相続税額に3000万円近くの差がでます」
「そうなのですか?!私の方でも税理士に相談してみます。黒田先生は、解除の段取りをお願いします」
「分かりました」黒田は、すぐに角田に連絡を取って、翌日に面談することとした。
「角田先生、この契約は解除しましょう」黒田は開口一番言った。
「いや、それが、菊地さんは、もしランド・インターナショナルさんがダメなら同額の買い手を探すので、契約は維持したいと」
「待って下さい。角田先生はそれでよいのですか?こちらで新たな買主の目処もたっています」
「私としては解除には賛成しません。今さら他の者に売るというのは…」
「どういうことですか? 角田先生は売主の代理人ですよ。買主が債務不履行にあるのに解除を渋るなんて売主の代理人としておかしいのでは?」売主の代理人としてはあり得ないことである。何かある。黒田はそれを確かめたかった。
「売主の代理人なのに、債務不履行となった売買契約を維持なんて、どういうことなのですか?!」黒田は詰め寄る姿勢をみせた。
「いや、菊地さんとは一緒にいろいろと仕事をしているものでして、ちょっと…」黒田の詰問口調に、角田はつい口走った。
「ちょっとって何ですか、先生は買主の利益を優先しようというのですか?おかしくありませんか?」黒田はやや強い口調にでた。
「私も依頼者の利益を考えた上でのことなのですけど…」角田は目を逸らして言った。
「解除して新たな買主に売る方が良いではないですか」黒田は、追い打ちをかける。しかし、角田はグズグズと言い訳がましい言葉を繰り返すばかりだった。
黒田は、これ以上ここで議論しても埒が明かないと感じ、話しを打ち切って角田の事務所を辞去した。
利益相反行為
角田の事務所からの帰途、黒田は菊地不動産に電話をした。上手い具合に担当者が出た。そして、黒田はスマホの通話録音のアプリを起動した。
「御社をご紹介いただいた角田先生、御社とは以前からお付き合いがあったのでしょうか」黒田は単刀直入に訊ねた。
「はい。角田先生は当社の社長とは懇意で、今までも角田先生から物件についていろいろなお話しを当社には頂いていたようです。こちらからもさまざまなお願いをしていたようで。以前、私も、他の取引で角田先生と同席したことがあります」担当者は、ごく当たり前のことのようにさらりと答えた。
黒田は、すぐにランド・インターナショナルとの件に話題を移し、どういう状況なのか訊ねた。ランド・インターナショナルは、他の案件でトラブルがあり資金繰りが厳しくなったと担当者は話した。
「そうですか」黒田は、契約解除のことは口に出すことなく電話を切った。
菊地不動産と角田弁護士はそういう関係か。黒田は冷静に何をすべきか考えた。電車の中で、弁護士相手に仕事する機会もある友人の司法書士・大山にショートメールを送った。数回に分けて、角田弁護士とのやりとりや、菊地不動産の担当者から聴いた話しを伝え、最後に「おかしいでしょ?」と付け加えた。すぐに返事があった「それはダメでしょ。利益相反行為です。弁護士法などで禁止されてるはず。売主の代理人なのに買主と継続的な関係があって、そのうえ、買主が債務不履行してるのに買主を配慮して解除を拒否するなんておかし過ぎるよ。場合によっては懲戒ものでは?強気の交渉あるのみ」
「そうだよな、利益相反行為だよな」
売主と買主は、それぞれ高く売りたいと安く買いたいというモチベーションが働くので、利益相反の関係にある。だから民法上、原則として売主・買主双方の代理人にはなれない。代理人は、自分に依頼した本人の利益のために行動すべきであって、もし相手方の利益を図ろうとするならば、それは「利益相反行為」となってしまう。
しかし、不動産仲介業者は、両手取引もしくは両手仲介といって、売主から物件の買主を探すことを依頼された業者が直接買主を見つけ売買契約が成立すれば、売主と買主の両方から仲介手数料を受け取ることができる。これは、仲介業者が単に売り手や買い手を探すだけだからだ。角田弁護士は不動産仲介業者に似たようなことを日頃からしており、つい仲介業者の商慣習に引きずられ、無意識的に利益相反に関するハードルが低くなってしまっていたのだろう。
自分の考えをまとめる意味も込めて、黒田は、角田とのやり取り、角田が菊地不動産と以前から取引関係にあったこと、菊地不動産の担当者との電話での会話は録音したこと、さらに、角田が解除を拒否していることは利益相反行為になるかもしれないことを詳細に書いて、岡本へメールを送信した。
違約金
さて、どうすれば角田や菊地不動産が解除に応じてくれるか。考えられるとすれば、違約金か。
今回の契約は、一括決済を前提に手付金はなく、代わりに買主側の債務不履行時には1割、4,000万円の違約金を支払わなければならないことになっていた。角田は違約金による菊地不動産の負担も考え解除に反対しているのかもしれない。
町田で見た事務所の様子からして、菊地不動産が4000万円の違約金を支払うことは難しいだろう。たとえ裁判で勝っても、執行する財産がなければ勝訴判決に意味はない。そうであれば、免除しても同じである。むしろ、裁判の手間と費用をかけない分の利益があるとすらいえる。
岡本としてみれば、解除すれば相続税を約3000万円節約でき、新たな買い手の代金から500万円を上乗せすることもできる。2000万円の違約金を失っても、差引きで1500万円の利益となる。ならば、菊地不動産の違約金の免除も提案の余地がある。
再び岡本から電話がかかってきた。
「先生の仰るとおりでした。税理士によれば、やはり解除しないと相続税が3000万円近く増えるそうです。それとですね、銀行経由で見つけた新たな買い手は今週中に解除ができるなら、4億2000万円で買うとのことです。さっき私に電話がありました。先生にも連絡がいくはずです。しかし今週中の解除が条件です。それまでに絶対、解除しましょう」岡本の言葉には力がこもっていた。
「分かりました。今日は火曜日ですので、週末までには3日しかありません。ただ、問題は角田弁護士らをどう説得するかです」
「先生からのメールを読みました。こうなったら、懲戒ですか、角田弁護士の懲戒を弁護士会に申し立てることも考えてます」岡本の言葉には強い憤りが感じられた。
「そうですね。ここは強気の交渉をすべきところだと思います」
「ただ、角田弁護士にのらくらと返答を先延ばしにされるのは、どうしても避けたいです」岡本が急に冷静になった。
黒田は、違約金の免除について岡本に伝えた。そうすれば、菊地不動産も角田弁護士も解除に応じやすくなるのではないかと。
「それも一考の余地がありますね。ただ、そこまでの譲歩は…。一晩だけ考えさせてくれませんか?」岡本はそう答えた。
「わかりました」
「ただ、もし解除を拒否するようなら、私は、弁護士会への懲戒の申立てをしますし、菊地不動産については都庁へ相談に行きます」菊地不動産の本店は町田市にあるため、宅建業としては東京都に登録している。岡本は、菊地不動産が自ら債務不履行しながら売主側の代理人に働きかけて解除をさせないようにしていることを、都庁へ不当な取引だとして相談に行くというのである。
翌朝早く、黒田の事務所に岡本から電話があった。違約金の免除は構わないとのことだった。新たな買い手との契約を逃したくはないという。そして、角田との交渉は万事、黒田に任せると。黒田も昨晩のうちに、知り合いの弁護士や、例の司法書士大山らの意見を聞きつつ、角田に出すメールの文案、それもかなり強気のものを練りに練っておいた。それには懲戒や都庁へ相談に行くという岡本の意向も盛り込んだ。黒田は、文面を確認して、メールソフトの送信ボタンをクリックした。
エピローグ
角田は、解除を容認した。合意解除の合意書案をメールで送ってきた。
黒田はすぐに角田からの返答を岡本に伝え、共に木曜日の夕刻には角田の事務所に集まり、合意解除の書面を調えた。書面には既に菊地不動産の印鑑が捺してあった。
合意書を受け取り、角田の事務所からの帰り道、黒田はすぐに新たな買い手を紹介した仲介会社に電話を入れ、解除の合意ができた旨を伝えた。
2週間後、新たな買い手と売買契約が締結され、代金は契約締結と同時に支払われ、所有権移転登記に必要な書類も買い手側の司法書士に手渡した。黒田と岡本はほっと胸をなで下ろした。
売買契約を締結した帰途、最寄り駅に向かって、黒田と岡本は一緒に歩いていた。
「角田弁護士、まるで仲介業者のような人でしたね」黒田が半ば呆れたように言った。
「買主の債務不履行を前に売主側の弁護士が解除を渋るという」と黒田も苦笑いしながら続けた。
「弁護士に振り回されましたねえ」
「弁護士に振り回されましたねえ」
同時に同じことを口にして、黒田と岡田は互いに顔を見合わせた。
終