実例紹介・お客様の声

当社に寄せられた数多くのお客様の声の中からいくつか厳選して実例としてご紹介いたします。

Vol.18その土地、貸すか売るか買うか【短縮版】

プロローグ
 あれは、終活を始める気になって、まずは相続財産を確認しようと、会社や自分が所有する不動産の登記簿や権利証、預金通帳などを整理していた時だったな。そこへ、兄貴から電話が掛かってきたんだ。用件は、兄貴の土地の借地人からリフォームの承諾をしてくれとの手紙が来たので、どうしたらいいのかという相談だった。
 
 俺は鈴木茂雄、82歳。かつて兄貴と会社を作ってスーパーマーケットを共同で経営していた。だが、近隣への大型食料品店やコンビニができて売上げが減少、息子らも継ぐ気はなく、十数年前にスーパーマーケットは廃業した。一時は都内23区で複数店舗を展開していた時期もあり、今では、会社が所有している店舗跡地や自分の所有するアパート等の賃料収入などで生活している。ちょっとした地主というわけだ。
 兄貴は2つ歳で辰雄という。欲がないといえば聞こえはいいが、自分の財産管理についてはやや無頓着なところがあった。会社の帳簿の管理や金銭面にはあまり関心を示さず、商品の値付けや従業員への給料などついては、時々兄貴と口論になった。そうした時はたいてい兄、辰雄が折れてくれたけど。そして、俺は今でも、兄貴の分まで不動産の管理をしている。

兄の土地
 その週末の午後、俺は、兄貴の家に行った。
「まあ、座れ」兄貴に促され、ダイニング・キッチンの椅子に腰を下ろした。テーブルの上には、封筒が置いてあった。
「これかい。例のリフォームの手紙は?」
 建物が老朽化したので建替えをしたいので借地借家法17条に基づく承諾が欲しいという内容だ。俺は、いつも用意周到なので、ここに来る前に借地借家法の条文くらいは確認しておいた。思った通りの内容だ。
 兄貴が言うには、賃料はきちんと支払われているらしい。
「で、賃料は幾らなんだい?」と訊ねると、兄貴は、テーブルの上に賃貸借契約書を置いた。古びた契約書で手書き文字だ。
契約の締結は昭和48年(1973年)。借地権の契約期間は20年。これは、俺たちの父親が締結したものだ。平成5年(1993年)の更新の際に、更新料400万円を支払った旨の領収書のコピーと賃料を現在の額である月額2万5000円とする覚書があった。ここまでは親父の名義。平成17年(2005年)に親父が亡くなり、遺産分割でその土地は兄貴が相続した。20年ごとの更新だから、平成25年に更新したはずだが、兄貴は更新契約を忘れてたという。更新料も貰ってないそうだ。毎月2万5000円の賃料が振り込まれてくれば、特に気にしていなかったというのも、兄貴なら十分ありそうなことだ。
「兄さん、あそこは地下鉄の駅からも近いし、周囲もかなり便利になってるよ。今どき、月額2万5000円という賃料は少し安すぎないか」
そう俺が言うと、「そういうものか」と兄貴は暢気なものだ。しかし、ここで説教してみても始まらない。俺は契約書や登記簿を睨みながら、腕組みをして考え込んだ。たとえ契約を更新しなくとも、いわゆる法定更新で、賃貸借契約はそのまま継続する。借地借家法でそうなっている。
「賃料の値上げはできないのか?」兄貴が言う。
「できなくはないだろうけど、いきなり倍にしてくれ、とはいかないだろうな」
「じゃあ、今の賃借人には出てってもらって、新しく月額50,000円くらいで契約すればいいか」兄貴が暢気な声で言う。
「一旦貸した土地というのは、そう簡単には返してもらえないものなんだよ。借地借家法という法律でそうなってるんだよ」
「どうしたものかなぁ」暢気な兄貴も思案顔になった。
 今まで会社の所有不動産の管理をやっていたせいか、こういう場合はどうしたらよいのか、俺にもちょっと好奇心が湧いてきた。とりあえず、契約書等を預り、少し考えてみることにした。
 俺がそう告げると、兄貴は「おっと、そうこなくちゃ」そそくさと書類をまとめると封筒に収め、差し出した。
「まったく、調子がいいな。兄さんは」俺は苦笑いするしかなかった。

貸すか、売るか、買うか
 自宅に戻った俺は、ノートPCで、「増改築 承諾」「賃料 値上げ」「賃料交渉」「借地人 立退き請求」思いつくところから、ネットで検索をかけてみた。すると、不動産鑑定士が賃料の相場や更新料について解説する動画を見つけた。不動産鑑定士は、賃料や更新料についても鑑定するらしい。そこで、その動画の鑑定士事務所に電話をかけた。

 その不動産鑑定士の事務所は、都内ビルの4階にあるこぢんまりとしたものだった。「不動産コンサルティングマスター」という看板もあり、不動産の鑑定以外の相談にものってくれそうだ。応接室に通され、不動産鑑定士と面会した。
「お電話でお伺いした限りでは、お兄様が賃貸されてる土地に関して、借地人から増改築の承諾を求める連絡があったとか。それで、承諾料の相場についてのご相談ということでしたが」鑑定士は、挨拶を交わすと開口一番、本題を切り出してきた。
まず、この機会に賃料の値上げできないか訊ねてみたが、こうした継続賃料は、大幅な値上げはできないようだ。それに、増改築の承諾をしない場合は、調停などの裁判上の手続きにもなることもあるらしい。そこで、値上げは諦めて、賃貸借の解約について訊ねてみた。しかし、貸主側からの中途解約はできず、更新時に更新拒絶をするにも正当事由というものが必要となるとのことだ。俺は落胆した。
「ところで、お電話では、相続のことも考えて、いわゆる終活として、財産の見直しを行っていたとお話しされていましたが」
「あの、もし、相続のことを考えるとしたら、こうした場合には、どうするのが良いのでしょうか。鑑定以外のご相談にものっていただけるかのようにも思えましたが」
「はい。不動産周りのご相談事でしたなら、できる限りお手伝いさせていただいております」
そういうと鑑定士は、俺が渡した契約書類を見ながら、話し始めた。
「借地の期間は20年。これまで平成5年、平成25年と2回更新されて、平成5年の時は更新料を400万円もらっておられるようですが、平成25年の更新の覚書がありませんね」鑑定士は、更新時の覚書を見ながら言った。
「平成5年の時は亡父が貸主でしたからちゃんと更新して覚書も交わしたのですが、相続した兄が更新手続を忘れていたようで」
「つまり、平成25年の更新の時は更新料を受け取らないまま法定更新になったというわけですか。そして、次の更新は令和15年。更新拒絶するにしても10年先となりますとね」鑑定士は、話しながら、いろいろとメモを取っているようだった。
すると、この鑑定士はなかなか面白いことを提案してきた。「借地権を買い取ればどうか」と。
借地権を買い取れば、あの土地を兄貴は自由に処分できる。相続財産と考えた場合、相続人にその土地を使う予定がないならば、現金化しておいた方がよい。兄貴の娘2人があの土地を必要とするとは思えない。兄貴にしても、少ない賃料しか取れない土地よりも、現金の方が何かと便利だろう。さらに、鑑定士は、おそらくあの土地ならば、鑑定価格以上で売れるのではないかとも教えてくれた。俺は、その辺りも含めて、土地の鑑定を依頼した。

兄と弟
 それから10日後だったか、俺は再び、兄貴の家へ行った。
「兄さん、不動産鑑定士にいろいろと鑑定して貰ったのだけど、兄さんが貸してるあの土地、1億円だってさ。そこでだ、これを見て」長方形の中央に点線が引かれ、その上部に「借地権7000万円」、点線の下に「底地権3000万円」と書かれた紙を差し出した。鑑定士から貰ったものだ。それを示しながら、俺は兄貴に説明した。むろん、鑑定士からの受け売りだ。
「あの土地が1億円。その土地には借地権が存在する。その借地権は7000万円の価値がある。1億円から7000万円を引いた残りの3000万円が底地権の価値ということになる」
「なんだよ、所有者の底地権の方が安いのかよ」兄貴は不満げだ。
「土地は、使う権利の方が価値があるもんなんだ。法律で借地人の権限が強いからさ」
「そういうものか。でも、この借地を娘らが相続してもなー。面倒くさいだけだよな。となれば、売ろう。そっか。この底地権を売ればいいのか。やっぱり借地人に買って貰うのがいいかもな、なるほど、なるほど」兄貴もなかなか察しがいい。
「いやいやいや、話しはここから、なんだ」真剣な眼差しを兄貴に向け、俺は話しを続けた。
「不動産鑑定士が言うには、この土地は、間違いなく鑑定価格以上で売れるって言うんだ。となれば、この土地の所有権を借地人に渡してしまうのも癪な話しじゃないか。だから、こちらで借地権を買うのさ。で、この土地を売却する。そうすれば、兄さんには1億円以上の金が入ると」
「ん~。借地権を買うってことは、俺が7000万円出さなきゃならないということか?」兄貴の眉間に皺が寄った。
「そういうことだね。兄さんだって、それなりの蓄えはあるだろう。下のタカちゃんは夫婦揃って医者だし。多少は借りることできるんじゃないか。俺だって貸すよ。土地を売って返して貰えるわけだし」
「でもな、貴子がな、旦那と一緒に開業した医院で何やら設備を新しくして改装したいというんだ。それがまたやたらと金がかかるらしい。少しくらい援助してやりたいし」
「相変わらず娘には甘いなあ。じゃあ、底地を売るのか。3000万円で」
「仕方ないよ」
「うーん」俺は、釈然としないものがあった。兄貴がそれでいいと言うのなら仕方ないが、1億円以上で売れる土地を、それと知りつつ他人の手に渡すのは惜しい。
「あのさ、俺が買ってもいいかな」俺は、おそるおそる訊ねた。
「シゲが買うの?借地権を」驚いたような顔だ。
「そう。俺が買う。多少の蓄えもあるし。でも、さすがに7000万円をポンと出せないけど、あの土地に抵当権を設定すれば銀行も多少は金を貸すだろうし。その後に、兄さんの底地と一緒に売った方がいいかなーと」ここは勝負に出よう。俺は、そんな気になった。
「抵当権はいいけど、大丈夫か?」
「売れると思うよ。23区内の土地で、地下鉄の駅も近いし。」
「売った金のうちから俺は底地分をもらうということか。1億以上で売れれば、お互い相応に色が付くことになるもんな」
「そうしよう」2人の話しはまとまった。

交渉
数日後、俺は再び、件の鑑定士の事務所を訪ねた。
「…ということで、借地権は私が買うことになりました。そこで、借地人とは特に面識があるわけでもありませんので、借地人との交渉については、先生にお願いできませんか? 無論、その手数料等はお支払い致しますので」
「もちろん構いません。お手伝い致します」鑑定士はにこやかに応えた。
「そこで、ですね・・・」俺は借地権の購入価格をもう少し安くできないか訊ねた。買うとなると、やはり安くならないかと考えるのは、スーパーマーケットの仕入れをしてた時と同じ感覚だ。
「更新料を支払っていないということも含めて、鑑定価格である7000万円から下げる余地はあるかと」さらに、鑑定士が言うには、借地権を譲渡するには地主の譲渡承諾が必要となり、その際の承諾料の相場は概ね借地権価格の10%で、それを差し引くことが可能だと。
「本来ならお兄様がお受け取りになる額なので、そこはお兄様と相談してもらえれば」
「その点は大丈夫だと思います。兄の代わりに私が買う訳ですし。納得してくれるかと」
「それと、先日のお話しでは、お兄様が現在住んでおられる家は、ご兄弟の会社の所有だとか」鑑定士は手帳を見ながら言った。
「そうです。それが何か?」
「それは、お兄様には持ち家がないということですね。だとすれば、10年後にそれを理由に更新拒絶をする理由になります。地主自身がその土地に自宅を建てたい、つまり地主がその土地を使用する必要があるということは、改築の承諾や更新を拒絶をする正当事由になり得ます。それに、前回の更新時に更新料を支払ってないことも正当事由を補完する理由になる余地があります。ですから、お兄様が10年後には更新拒絶をする意向であるということになれば、借地権価格を下げる要因になります」
「なるほど。10年で終わる借地権は価値が下がるということですね」
「あくまでも、そうしたことは最終的には裁判所が決めることなのですが、不動産評価の観点からは、そういうことです。こうした理由で交渉する余地は十分あるかと。借地人としては、建物の改築は難しくなりますし、借地権を売却する方向になる可能性が高くなるでしょう」
「でしたら、まずは4000万円でどうかと借地人の方へ申し入れていただけませんか。具体的な交渉はお任せします」
「とりあえずは4000万円から、ということですね。承知致しました」4000万円という俺の少し無茶な要求に苦笑いしながらだったが、鑑定士は承知してくれた。

 借地人の方へ書面で借地権の買取りを申し入れると、借地人は弁護士を間に入れたという。いろいろと法律的に考えなければならないこともあるからだろう。もっとも、蛇の道は蛇だ。不動産のことであれば、あの不動産鑑定士に委せておけば弁護士も説得してくれそうな気がしていた。案の定、借地権の買取りを申し入れてから約1ヶ月半後、相手方の弁護士から、5000万円ではどうか、という回答があった。むろん、了承した。
そして、借地人との借地権売買契約を締結し、手付けとして代金の10%、500万円を支払った。土地は、更地渡しとなった。その方が売却時に高く売れるからだ。
しかし、更地渡しとしたことが、次の課題を生んだ。借地上に借地人名義の建物が借地上にあれば、借地権は対抗力をもつ。つまり、地主が他の者に土地を賃貸しても、自分の借地権が優先すると主張できる。兄がそんなことをするとは思えないが、誰かに騙されるなんてことも考えられなくもないし、鑑定士が言うには、売却するには、やはり借地ではない方が良いらしい。ならば、兄から底地権を買えばよい。底地を買えば、晴れて更地が自分の所有となるのだから、金融機関からの借入もし易いというものだ。むろん、兄から底地を買い取る価格について、鑑定士に相談した。
「それがですね。お兄様との取引となると、それは親族間売買となるのです」
「親族間売買?」
親族間の取引だと、相続税や贈与税逃れに使われることが多いため、税務署の目が厳しくなるというのだ。例えば5000万円のマンションを2000万円で兄弟や親子間で取引すると、税務署から"みなし贈与"として課税されてしまうらしい。そうしたことを避けるため、鑑定価格からの概ねプラスマイナス5%程度高い価格が穏当だという。俺は、3150万円で底地権を買うことにした。
 こうして借地権と底地権、すなわち兄貴の土地は俺の所有となって、そこに抵当権を設定、金融機関から融資を受けて、そこから兄貴に底地の代金を支払い、その後に土地を転売するとということになった。

エピローグ
「そうか。3150万円も俺にくれるのか。年間30万円にしかならなかった土地が3000万円以上になるのか、何年分だ。100年分か」兄貴はにこにこしながら言った。
「自分の終活をしようとしてたら、結局、兄貴の終活をしてしまったようなもんだよ」
 こうも素直に喜ばれると、人をこき使いやがってと、嫌みの1つでも言ってやろうかと思ってた気持ちも萎えてしまった。思えば、昭和から平成にかけて2人でやってたスーパーマーケットもあれだけ売上げを伸ばしたのは、こういう兄の人の良さがあったからかもしれない。
 あとは、あの土地をどう高く売るかであった。
「まあまあ、難しい顔してないで、茶でも飲め」そういうと、兄が薫りの良いお茶を煎れてくれた。

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