実例紹介・お客様の声

当社に寄せられた数多くのお客様の声の中からいくつか厳選して実例としてご紹介いたします。

Vol.15受け継ぐもの【短縮版】

(1)プロローグ
 今回は、不動産鑑定事務所で助手をしている私から、お話しさせていただきます。助手といっても、きちんと不動産鑑定士の資格は持っています。
 あの依頼を受けたときは、それほど難しいものではないと感じていました。お客様である依頼人の方とはいつものように事務所の応接室で、所長と一緒にお会いしました。依頼の内容は、次のようなものでした。まずは、依頼人のお話に耳を傾けてみましょう。

20201106-3.jpg■依頼の内容
 こちらの公図を見て下さい。合計で約6,000㎡あります。これら東早稲田にある10筆の土地を、私の祖母と母が共有しています。持分は、祖母が3分の2、母が3分の1です。どの土地も同じ持分で共有しています。これは、祖父が所有していた土地を、祖父の妻つまり私の祖母と、祖父の子つまり私の父が、それぞれ持分3分に2と3分の1で相続し、亡くなった父の持分を全て母が相続したのです。
全10筆のうち、C地は駐車場、I地は更地で、他の土地は全て貸宅地です。最も広いJ地は約2,200㎡あって、そこに建つマンション、メゾンドグラン東早稲田に私も住んでいます。
 祖母は、既に87才と高齢ですが、かなり元気です。本人は100まで生きるよ、と言っていますが、先日、それでも終活はしなくてはと、自分の書いた遺言について話をしてくれました。この東早稲田にある10筆の土地は全て私に相続させるというのです。祖母と母の共有ですから、祖母の持分を私に相続させるということです。相続税を支払える程度の現金も遺してある。そういう内容の遺言を公正証書で遺したというのです。亡くなった私の父は祖母の1人息子でしたから、父に遺すような気持ちもあるのでしょう。遺言の内容について、それ以上、詳しいことは話してくれませんでした。そして、私に、それだけの土地を相続するのだから「覚悟をしなさい」と言うのです。私が、覚悟とは何ですか?と訊いても、男ならそのくらいは自分で考えなさい、というだけでした。
 そこで、私もいろいろと考えたところ、思い当たったのは、3人の叔母たちのことです。この3人の叔母たちは、亡くなった父の妹ですから、当然、祖母の相続人になります。つまり、叔母たちには遺留分があります。私は、亡くなった父の代襲相続人となるわけですから、祖母の遺産についての法定相続分としては、私と叔母たちで4分の1ずつということになります。遺留分はその半分ですから、叔母には1人あたり8分の1、合計で8分の3の遺留分があります。たとえ、遺言にどう書かれていようとも、この遺留分は、叔母から請求されたら必ず支払わなければなりません。
 ですから、叔母たちへの遺留分を把握するために、この10筆の土地の実勢価格を鑑定していただきたいのです。そして、もう1つ、私としては、東早稲田の土地のうち、J地を確保したいのです。叔母たちとの共有にしたくはありません。そのための方策を考えていただきたいのです。そこには、私たち家族が住むマンションが建っています。このマンションは大手デベロッパーの所有ですが、祖父と父が建てたもので、父たちの形見のような気がするからです。

(2)対応
 こうして、東早稲田にある10筆の土地の実勢価格の鑑定とJ地を確保するためのコンサルという2つの依頼を受けました。この時、私は、所長から、このコンサルについてのプランニングをするように言われました。プランニングを任されたのは初めてでしたので、言われた時はとても少し戸惑いましたが、これも所長からの信頼の証でもあると思い、一生懸命に頭を捻りました。
 そして、考えたのが、次の3つのプランです。
 1つめは、遺言の書換えです。
 10筆の土地に含まれる更地や駐車場、そして、J地を除く貸宅地の底地の持分について、依頼人の中川氏以外の推定相続人の相続分として指定するという方法です。要は、遺言で、遺留分として叔母たちへわたる分を予め指定してしまおうというのです。もっとも、これは公正証書遺言を書き直す必要があるため手続きが少し面倒ですし、それを依頼人のお祖母さんをやってもらう必要があります。
 2つめは、孫養子です。
20201106-4.jpg 依頼人には一男一女と2人の子供がいるので、その2人若しくは1人を、お祖母さんの養子とすることによって、叔母たちの遺留分額を少なくするのです。正確には曾孫養子です。仮に1人を養子とすると、養子であっても実子と法定相続分は同じなので、5人になれば、遺留分は1人あたり10分の1です。叔母たちの遺留分額は合わせて10分の1となり、8分の3より2割少なくなります。ただ、この場合も、あくまでも養子を取るはお祖母さんですから、お祖母さんの同意が必要です。さらに、叔母たちの反発も十分に考えられます。
 3つめは、等価交換です。
 東早稲田の全ての土地は、依頼人のお祖母さんと母親の共有です。J地の祖母の持分3分の2と、他の9筆の土地の母の持分3分の1を等価で交換するのです。ただ、この場合は、鑑定作業中のJ地の底地価格は相当程度のものと考えられるので、東早稲田物件の母の持分だけで、J地の祖母の持分の価格をまかなえるかは微妙ですが、他にも同様な共有関係になっている土地が墨田区にもあるというので、そちらも考慮すれば何とかなると考えられます。この等価交換でJ地が依頼人の母の単独所有となれば、J地はお祖母さんの遺産ではなくなるので、依頼人はJ地を確保できます。これは、祖母と母で持分を交換するのですから、2人の同意が必要となりますが、説得は可能かもしれません。また、叔母たちも、これはお祖母さんによる生前処分ですので、抵抗感が少ないでしょう。

(3)訪問
 これらのプランを依頼人のお祖母さんに説明するため、依頼人に連れられ、所長と私は、お祖母さんを訪問しました。庭は広くはないが、建坪は60~70坪あろうかと思われる木造で、全て瓦葺き。大名屋敷という程ではないにしろ、どこか明治・大正の頃を思わせる古風な印象を与える立派な建物でした。
 お婆さんは、着物を身につけた落ち着いた印象の方で、この方に説明するのかと思うと緊張しました。私は、できる限り、解りやすい言葉を選びお話しをさせていただきました。幸い同席した所長の補足説明などもあって、話の内容をしっかりとご理解いただけたようでした。そして、孫である依頼人の方が、要は、父と祖父が建てたマンションが建つJ地を確保したいということを知ると、お祖母さん嬉しそうに言いました。
「貴方が何をどう受け継ぐかは、貴方のお父さんが決めるべきことだった。私の息子が。でも、もういない。だから、私は、あの子の子供である貴方が何をどうしたいのかを知りたかったのよ。それに、お祖父様たちの気持ちをしっかりと解っていたのですね」
 そして、等価交換をしようということになりました。

 お祖母さんは、ごく簡単にですが、こうした資産を築くまでの、お祖父さんや、亡くなった1人息子、依頼人のお父さんのご苦労を話してくれました。2時間にも満たない短い時間の中でのことでしたが、この方のためにも頑張ろうという気持ちになり、私は、等価交換を滞りなく済ませるができるよう、必要書類を準備し、司法書士との打合せなど進めました。ほんの数日間のことですが、とても充実した気持ちで仕事ができたような気がします。そして、書類に必要な印鑑を頂くために、お祖母さんのお宅を再び訪れる約束をとりつけました。

(4)結果
 しかし、残念なことに、約束の日の前日、お祖母さんは交通事故に遭い、意識不明となってしまったのです。大きな怪我はなかったようですが、頭を強く打ってしまったそうです。本当に驚き、そして、悲しい気持ちになりました。

 それから3ヶ月経過した今、意識は取り戻したようですが、はっきりと言葉を発したり、手足を動かすことは、まだできないようです。そのため、私のプランについて決済してもらうことは難しいようです。強引に印鑑を貰うようなことをすれば、後々のトラブルの元です。依頼人の方は、東早稲田の鑑定評価書作成費用の他に、プランの作成についても報酬を支払ってくれました。しかし、私の気持ちは晴れませんでした。
 そんな時、所長に言われました「重要なのは、君の経験値があがったことだよ」と。私は、自分のプランがお客さんにも評価されて嬉しくなって、いつも以上に集中して仕事をしたことを思い出すことができました。早く、お祖母さんが回復されて、私の仕事が本当のゴールにたどり着くことを待っています。

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