実例紹介・お客様の声

当社に寄せられた数多くのお客様の声の中からいくつか厳選して実例としてご紹介いたします。

Vol.13遺言と遺留分【短縮版】

(1)プロローグ
 ある金曜日の午後に、週明けにご相談に伺いたいとの電話がありました。
 依頼内容は、賃貸併用の3階建住宅の鑑定です。遺産に関する財産目録を作成するためとのこと。2週間ほど前、父親が亡くなり、その遺産の関する財産目録を、姉の弁護士から求められたようです。その姉は、父親の分かれた妻、つまり前妻の子だそうです。
 腹違いの姉の弁護士からか、相続争い絡みだな、漠然とそんなことを考えていました。

(2)アドバイス
 その電話を受けた日の夜、週末の夜ということもあり、友人の司法書士と居酒屋で歓談する機会があったのですが、その時に、先ほどの電話のことを話すと、その司法書士は、「それは、遺留分ではないかな」と言うのです。そして、彼は、こんな話をしてくれました。

「つい1ヶ月程前に抵当権の抹消登記をしたんだ。その抵当権設定の申請をしたのも俺。2年くらい前かな。その抵当権で担保してた借金を払い終わったので、抵当権を抹消したわけだ。それで、その借入の理由は、遺留分を支払うためだったんだ」
「遺留分のために借金か」
「そう。かいつまんで言うとこんな感じだ。依頼人の父親が亡くなり、遺言で、依頼人が土地建物を相続した。遺産は、ほぼその不動産だけ。その人は長男で、父親の会社を継いだ。3人の妹は、みんな結婚していた。父親にしてみれば、娘たちは嫁に行ってるし、遺産となった不動産も会社が使っていたから、会社を継いだ長男に全ての不動産を相続させても問題はないと思ったのだろうね」
「遺留分を全く考慮しない遺言だったわけだ」
「そういうこと。で、3人の妹から遺留分をくれと言われたんだ。母親は既に亡くなっていたので、子どもが相続人の場合、法定相続分の半分が遺留分になる。その人が相続した土地建物の価格を概ね4億円とすると、1人あたりの遺留分は5000万円だ」
「3人だから、合計で1億5000万円か。かなりの額だ」
「そう。だから、その人は、相続した不動産に抵当権を設定して、金融機関から1億5,000万円を借りて、妹たちに支払った。まあ、事業の方はそれなりに上手く行ってたようで、その借入金は間もなく返済し終わったというわけさ」
「なるほど」
「同腹の妹でさえ、遺留分をくれと言うんだ。疎遠になっていた異母兄弟からすれば、後妻の子に対してわだかまりがあっても不思議はない。弁護士に相談して、遺留分の請求をしようとしているんじゃないかな」

 この話は、結果として、私にとってありがたいアドバイスになりました。

(3)依頼の内容
 月曜日の昼過ぎ、金曜日の電話の主が、私の事務所を訪れました。
挨拶を交わした後、依頼人の方は書類を差し出しました。建物の登記簿と、構造図と写真、建物の所在を示す地図、それと固定資産評価証明書です。
「鑑定の対象は、この建物ですね。相続財産は、これだけですか」
「いえ、現金が200万円ほどありました。腹違いの姉2人に100万円ずつ渡しました」
「もしかして、その上でさらに遺留分を求められたと?」
「え、どうして解るのですか?」依頼人は怪訝そうな顔でした。
「話しの流れからすると、そうかな、と」
「さすがですね」依頼人は感心したようでした。
「で、亡くなられたお父様は遺言を遺しておられたものの、お姉様たちには何も遺されなかったのではないでしょうか?」
「そんなことまでよく解りますね」依頼人は驚いたような顔をしてました。
「異母兄弟と相続で問題が生ずる場合の1つの典型ですから」
口では、当然のことのように言いながらも、金曜日に友人の話しを聴いていなければ、ここまで言い当てることはできなかったでしょう。
「父と母との間に私と妹が1人いますが、父の遺言は、財産全てを母に相続させるという内容でした。父の葬式の時に来てくれた姉たちに申し訳ないと、母の提案で、姉さんたちに100万円ずつ渡すことにしたのです」
「ところが後日、弁護士から、遺留分を請求したいので、遺産の財産目録が欲しいと言われたわけですね」
「ええ」依頼人はうなずきました。
「遺留分だとすると、法定相続分の2分の1。法定相続分は、お母様が2分の1で、子どもは残りの2分の1の頭割で、ご姉弟は4人ですから、ご姉弟1人あたり遺留分は遺産総額の8分の1。遺留分を請求されたのは、お姉様2人ですか」
「いえ、上の姉だけです」
「そうですか」
「それで、差しあたり、現金以外は、それなりの価値のある財産としてはこの建物しかありませんでしたから。先ほどお見せしたこの建物の資料を送って、遺留分の概算額を伝えたのです」
 私は、渡された資料の中から固定資産評価証明書の写しを探し出し、電卓で計算しました。
「固定資産評価額は2,000万円。現金200万円あったから、合計2200万円。その8分の1ですから、275万円です。既に100万円渡されたそうですから、残りは175万円ですか」
「こちらとしても、それくらいなら、何とかなると思っていたのですが、なんと、あちらの弁護士さんが言うには、私が相続した土地建物は1億円くらいはするはずだと。不動産屋に査定してもらったらしいのです」
「さすがにそれは吹っかけすぎだと思いますが」そう、即座に答えました。
「そうでしょう。ですから、先生に正確なところを鑑定していただきたいのです。無論、固定資産評価額より高くなるのは解りますが、幾ら何でも1億ということはないでしょう」
「仰るとおりです。既に築20年以上ですし、この立地。賃貸併用ですから、賃貸不動産としての価値を維持しようと思えば、通常の住宅より修繕費はかかります。そうしたことも加味すれば、高く見積もっても5000万円程度かと。無論、詳しいことは物件を調査させていただかねばなりませんが」私は、そう答えました。

(4)鑑定結果
 2週間後の夕方、鑑定結果を受けとるために、依頼人の方は、再び事務所を訪れました。
「先日、こちらに伺った後、姉の弁護士に連絡したのです。不動産鑑定士に相談したが、高くても5,000万円程度ではないかと。そうしたら、昨日になって、姉から直接電話があって、5,000万円なんてそんなに安いはずはない、こちらでも不動産鑑定士に相談する、と言ってきたのです」戸惑った様子が伺えました。
「そうですか。私の鑑定では、ご覧のとおり、3,800万円ということになりました。近隣に新しいアパートやマンションも出来ており、収益物件としての価値は相対的に下がってますし、現地を調査させていただきましたが、色々と修繕が必要な箇所もありました。それなりのリフォームをしないと、今の賃料を維持するのも難しいかと」
「鑑定していただいた額が3800万円程度で助かったと思う反面、思っていたよりあの建物が傷んでいることが解って、複雑な気持ち気分です」依頼人は苦笑しました。
「築22年となれば、それなりの経年劣化は避けられないところですよ。将来の建替え費用も考慮して、こうした結果になりました」
「姉がこれに納得しない場合はどうなりますでしょうか」
「そうですね。こちらの提示額で納得しないとなれば、最終的には裁判ということになるでしょうが、争ってみたところで、この額と大同小異かと思います。そうすると、裁判で争った結果として、仮にお姉様の取り分が増えるとしても数十万円という程度でしょうから、そこまでするかどうか。交渉は大変そうですが、その鑑定価格の線で強く主張するべきかと思います」
「わかりました。ありがとうございます」

(5)エピローグ
 数日後、御礼のために、先日の司法書士の友人を食事に誘いました。と言っても、居酒屋ですが。
「おかげで、私の鑑定結果に少し上乗せしたあたりで話しが付いて、それに沿った額の遺留分を支払ったそうだよ」
「察するに、その依頼人の父親が前妻と離婚したとき、腹違いの姉さんは小学生の低学年。女の子は早熟だからな。両親の言い争いとかを目の当たりにしたのかもな。母と別れた父親に良い感情をもつはずがないし、その父親の後妻、つまり依頼人の母親や、依頼人たち兄妹に良い感情を抱いてなかったとしても仕方ないのかな」
「当たらずも遠からず、と言ったところか」
「離婚と再婚、当事者だけでなく、相続人にもいろいろ影響を及ぼすものだなぁ」乾杯の声が響く少々騒がしい店内、彼がしんみりとした調子でつぶやきました。

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