実例紹介・お客様の声

当社に寄せられた数多くのお客様の声の中からいくつか厳選して実例としてご紹介いたします。

Vol.12遺産相続と不動産評価【短縮版】

(1) 遺産総額
 不動産を含む遺産の相続において、不動産の鑑定評価がどのような意味を持つのか、皆さんはお考えになったことがあるでしょうか。

 今回の依頼人の説明によれば、亡くなった父親の遺産総額は、不動産、有価証券、現金、動産類を含めて約5億円だとのこと。このうち、不動産は、路線価及び固定資産評価額で約1.5億円です。
 共同相続人は、依頼人とその弟の2人のみ。長男である依頼人は、父親から事業を承継しました。不動産は全て事業に使用しているため依頼人が相続し、父が経営した会社の株式などを含めた有価証券と現金については、依頼人が3分の2、弟が3分の1、動産類については依頼人と弟で2分の1ずつということで、被相続人である父親が亡くなる以前に、兄弟間で話し合いができていたそうです。
 依頼人は、その遺産に含まれる不動産の額を固定資産評価額等を元に算定していました。相続税を算定する上では、それでも構いません。しかし、遺言がないということで、弟さんと遺産分割協議をしなければなりません。遺産分割協議となると、遺産総額の考え方は違ってきます。そこで、当事務所としては、遺産分割協議を前提とした不動産価格の実勢価格の鑑定をお薦めしたのですが、弟は、開業医をやっており、経済的にも安定しているので、特に問題はないので、実勢価格の鑑定は必要ないとのことでした。

(2) 怒る共同相続人
 しかし、いざ父親が亡くなってみると、思ったとおりにはならなかったようです。予め作成した遺産分割協議書を弟に送った数日後に、弟さんが依頼人の元を訪れ、そして開口一番、「兄さん、ひどくないか」と。
 以下、依頼人の話をお聴き下さい。
 突然、弟にそう言われ、「何が?」と、きょとんとしてしまいました。
「この前、兄さんが渡してくれた遺産分割協議書、父さんが持ってた会社が使ってる不動産の値段だけど、あれは相続税のための額だろう。路線価とか固定資産評価額というやつ。基本的にそれだろう。俺、知り合いの不動産会社の人に聴いたんだ。不動産の売買価格は路線価なんかじゃないって」かなり強い口調でした。
「兄さんが相続する土地と建物は、会社に賃貸しているのだろう。その人が言うには、そういうのは収益不動産といって、値段は収益性を考慮して決めるもので、単に路線価で決まるわけがないってさ。建物についても、単に固定資産評価額で決めるのではなく、将来の修繕費用を考えた上で値段は適正に評価するもんだよ。要は兄さん、不動産を適当に安く見積もって、自分の取り分を多くしようと企んだね」
「ちょっと待ってくれ。企んだ、なんて」弟の勢いに、私は少し狼狽してしまいました。
「それだけじゃない、そもそも、不動産が1.5億円で全部兄さんが相続して、現金や株も兄さんが3分の2を取って、骨董品や自動車を半分ずつだって、それじゃ遺留分にもなりはしないじゃないか。僕が医者で、ビジネスを知らないのを良いことに小ずるいことをする。もう、兄さんは信用できない」
「お、おい」私は狼狽してしまいました。
「もう兄さんは信用できないから、弁護士を頼むことにする」そう言って弟は帰って行きました。

(3) 遺留分、実勢価格
 さらに、依頼人はこう言いました。
「私も、いちおう社の法務担当に聴いて、相続人が絶対に確保できる取り分としての遺留分については知っていたので、そのあたりは考慮したのです。概算ですが、私が1.5億の不動産と、預金や株を約2億、骨董品とかの動産が2,500万円で、合計3億7,500万円。弟は、預金などで1億、動産が同じく2,500万円で、合計1億2,500万円。私らの場合には、遺留分は4分の1なりますので、私が3億7,500 万円と弟が1億2,500万円と、ちゃんとそうなるようにしたのです」

 ここで簡単に説明しておきましょう。まずは「遺留分」。
 これは、一定の範囲の相続人、配偶者、直系卑属(子や孫)、直系尊属(両親・祖父母)について、相続において認められている一定の財産を取得する権利であって、例え遺言でも制約できない相続人の取り分を言います。具体的には法定相続分の2分の1で、兄弟2人が共同相続人であれば、法定相続分が2分の1ですので、その半分、4分の1が遺留分として認められています。お兄さんの計算した取り分では、それを下回ってしまっているということです。事業を承継するので、兄の相続分の方が多いのは構わないとしても、最低限の遺留分にすら満たない、ということで、弟さんは怒っているのでしょう。
 次に、課税価格と実勢価格についてです。
 相続税の課税価格としては、土地であれば路線価、建物であれば固定資産評価額が基準となります。路線価、すなわち相続税路線価は、国税局長が定めるもので、土地取引の指標となる公示地価(地価公示価格)の8割を基準としています。
 ただ、現実の取引においてその土地の価格となる実勢価格は、その公示地価より高いのが普通です。地域によって事情はさまざまですので一概にはいえませんが、都市部であれば、実勢価格が路線価の3割から4割増しとなることも珍しくありません。仮に路線価1億円の土地であれば、実勢価格は1億3,000万円~1億4,000万円ということもありえるわけです。3,000万円~4,000万円という差額は、決して無視できない額となります。
 はじめにも少し触れましたが、相続税を計算する上では依頼人の考え方でも問題ないのですが、遺産分割協議の前提となる遺産総額としては、考え方が異なってくるのです。弟さんが言うように、不動産の価格は実勢価格で把握すべきでしょう。そうすると遺産総額が異なってきますので、当然、遺留分の額も違ってくるわけです。

(4) 解決
 解決策。それは、遺産に含まれる不動産の実勢価格を求め、それを元にした資産総額を前提に遺産分割協議書を作成し直すことでしょう。
 さらに、弟さんは弁護士に依頼すると言っていたようですし、その前に、まずは自らの粗忽(そこつ)さを弟さんに詫びることでしょう。弁護士に依頼すれば費用もかかりますし、一度、弁護士に依頼してしまったら、弟さんも後に引けなくなるような心境になり、余計にこじれるおそれも無きにしも非ずです。
 依頼人も反省したようで、直ちに対処しました。
 相続する土地建物についての鑑定を依頼され、1週間後には鑑定書を渡しました。依頼人と弟さんとの間に、具体的にどのようなやり取りがあったのかまでは分かりません。しかし、とにかく無事に遺産分割協議が成立したそうです。
 依頼人によれば、弟さんの医院でレントゲンの機械が故障し買い換えの必要が生じてしまい、そのために数千万円の費用が必要になった矢先のことだったことが、弟さんが必要以上に怒る原因の1つだったようです。仮にその話がなければ、実勢価格云々の話を聴いても、あれほどは怒らなかっただろう、とのことでした。
 それでもやはり、遺産分割協議では不動産の実勢価格を念頭におくべきだと、私は思いました。

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