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遺産相続|思い出の樹3

相続した土地をめぐる姉弟の対立を描く物語を連載します。
不動産をめぐる相続のよくあるトラブルの一例として、参考になれば幸いです。
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少し困った相談相手

 

 「私たちが相続した土地がこれで、こちらが父の亡くなった時に、母と私、そして弟の直紀が交わした遺産分割協議書、そして、これが登記簿です」

 

飯野早紀は、付き合いのある画商から紹介された司法書士・酒井忠男の事務所を訪れていた。応接室のテーブルに今山50 番の1 と50 番の2 と記された図面と、遺産分割協議書、そして登記事項証明書を出し、説明を始めた。

「ここが私のアトリエがある土地です」と50 番2 と区画された場所を指さした。

 

「ふむ。そちらはあなたの所有名義ですね」差し出された登記事項証明書、いわゆる登記簿謄本と見比べながら、司法書士の酒井は、早紀の指先の図面を見つめた。

 

「はい。そして、こちらが母の住んでいた建物です」と言いながら、早紀が顔を上げた。

 

(きれいな人だな)早紀は既に40 才を過ぎていたが、酒井に限らず、多く人にそう思わせる調った顔立ちをしていた。

 

「で、そちらの、弟さんと亡くなったお母様の共有名義になっている50 番1 を、相続を登記原因として、あなたと弟さんの共有名義にすればよろしいのですね」

 

「いえ、違います。できれば、全部、私の名義に登記したいのです」

 

酒井の顔色が少し変わった。相続についての相談だと聴いていたので、相続登記の依頼だと思っていたのだ。

 

「共同相続人の弟さんとは、どのような協議をなさったのですか」

 

「弟は、この土地を全部売れ、というのです。そして、代金を2人で分けようと。不動産会社に査定してもらったところ、私のアトリエが建つ土地と、亡くなった母の家が建つ土地を一緒に売却すれば3億円くらいになるというのです。そして、それを半分ずつしようと。でも、私はこの土地は売りたくありません。私の家が建つ土地は勿論のこと、母から相続するこちらの土地も売りたくはありません」

 

「う~む」酒井は腕組をして考え込まざるを得なかった。(こりゃ困った相談を持ち込まれたものだな。美人を前に鼻の下を延ばしているわけにはいかんぞ)

 

司法書士の酒井としては、不動産登記手続きを代理することによって手数料をもらってこそ、であるが、登記手続をする前段階での不動産の取引や相続についての相談にも応じている。その内容によっては、登記手続きとは別にコンサル料をもらうこともある。しかし、ここまで真っ向から意見が対立している共同相続人間の争いをまとめるのは容易ではなく、訴訟に発展することも珍しくない。そうなれば、弁護士の出番である。中には、訴訟の前段階ともいうべき調停にも対応する司法書士もいるが、酒井にその経験はなかった。

 

「そこまで、はっきりと弟さんと意見が食い違っているのなら、間に弁護士を入れて話し合いをなされたらいかがですか。ご紹介いたしますよ、相続に強い先生を」

 

「ええ。ですが、弁護士の先生というのは裁判の代理人をなされるのが本職ですよね。私、裁判はちょっと…。特に弟と裁判なんて絶対にしたくありません。ですから、あまり弁護士の先生には…」

 

「いや、いきなり裁判というか、訴えるとか訴えられるという話しではなく、調停といって、裁判所に間に入ってもらって話し合いをするという、もっと穏便な手続きもありますが?」

 

「そうですか…」ちょっと考えてから、早紀は続けた。

 

「でも、やっぱり、そういうのではなく、直紀を説得したいんです。あ、弟は直紀といいます」

 

「はあ」酒井は、どことなく気のない返事をした。

 

早紀は、そんな酒井の顔をちらりとみて、自分の話の持って行き方が上手くないのだろうと感じた。弟を説得するならば、自分がすればいいのだから。少し間をおいて、早紀は話しを続けた。

 

「弟の直紀とは子供の頃から仲の良い姉弟でしたし、この歳になっても、仲は良かったと思います。でも、先日、この土地をどうするか直紀と話し合ったとき、弟はいつになく強い口調だったんです。私名義の土地を含めて父の所有していた土地は、2人で半分ずつ相続するはずだから、私の土地も含めて土地を全部売却して代金を分けようというのです。私が売りたくないと言うと、直紀は〝思い出もいいけど、もう少し現実を見ろ″だとか、‶ 合理的に考えたら売却するのが一番だ″って」

 

酒井は、話しを聴きながら、相変わらず渋い顔をしている。

 

「そのうえ、直紀は、‶ 姉さん、母さんの預金通帳を持ってるんだろ、独り占めする気?″なんて言うもので、さすがに私も腹が立って、大声で‶ そんなわけないでしょ!″と言い返して、その後は、あからさまに喧嘩腰の話し合いになってしまいました」