「弁がたつ、腕がたつ、田園調布に家が建つ」
PHOTO Galleryの第4弾は、星セント・ルイスのギャグのネタにもなった「田園調布」です。
「田園調布」と名のつく地域は、大田区田園調布一丁目~五丁目・田園調布本町・田園調布南、世田谷玉川田園調布一丁目・二丁目。
その中でも特に高級住宅街のイメージが強いのは、大田区田園調布三丁目・四丁目でしょう。旧駅舎と噴水のある西口ターミナルから放射状に伸びる並木道と同心円状の道路が印象的です。
この街の起源は大正時代に遡ります。日本資本主義の父こと渋沢栄一とその息子・渋沢秀雄がイギリスのレッチウォースやアメリカ・サンフランシスコの郊外セント・フランシス・ウッドの街並みのデザインを取り入れた、モダンな住宅地を計画・開発します。扇形の道はパリの凱旋門のエトワール式道路をモデルにしたと言われています。
現在では多くの著名人が居住する街として有名ですが、開発当時は産業革命によって誕生した”新中産階級”と呼ばれる人々向けのベッドタウンを目的としていたと言われています。しかし、銀杏並木に代表される緑豊かな居住環境や街灯、街路樹、上下水道などが整備されたハイセンスな街並みが次第に当時の上流階級の人々の共感を呼び、日本を代表する高級住宅街となっていきます。
その後、バブル期の地価急騰を受け、相続税の納税が困難になったために土地を切り売りする例が見られるようになり、広い敷地の邸宅は次第に細分化されていきます。田園調布の悠然とした街並みを維持するため、地区計画により一定の面積より小さくすることを禁じますが、それでも以前のような広い敷地のまま売買されるケースは少なく、最低限ギリギリの面積に分割した中規模の住宅が増えています。
今も旧邸宅を5~6区画の宅地に分割する工事が行われています。今後、田園調布の街並みがどのように変化・変貌していくのでしょうか。
〈田園調布駅旧駅舎〉 〈西口ロータリー)







吉田 享祐